2025年11月、株式会社ヴェルト(代表取締役CEO 野々上 仁)は、因果AIプラットフォーム「xCausal(クロス・コーザル)」の新機能「コーザルAIアシスタント」を発表した。高度人材の専門知識を因果関係としてモデル化し、組織全体で活用できるようにする画期的なサービスだ。2026年1月より順次提供開始となる。

生成AIの限界と「ポチョムキン理解」
総務省「情報通信白書」2022年版では、日本は2050年に生産年齢人口が約3割減少すると予測される中、AIが受け皿となることへの期待が高まっている。しかし、野々上CEOは生成AIの本質的な弱点を指摘。
「ポチョムキン理解」という概念がそれだ。
例えば、生成AIは三角不等式定理の説明は流暢にこなすが、実際の計算問題になると小学生レベルの問題を間違える。要は、AIが「理解しているように振る舞って見えるけれど、実際には本質的な理解ができていない。わかったフリをしているだけ」ということだ。
「生成AIは膨大なデータで事前学習し、確率の高いパターンに照らし合わせて回答を出力する。つまり、間違っていても確率の高い答えを出す。この性質は変わりません」
では、「コーザルAIアシスタント」は何が違うのか。最大の違いは「因果関係」を扱えることだ。生成AIが「パターンマッチング」で答えを出すのに対し、「コーザルAIアシスタント」は「なぜそうなるのか」という原因と結果の関係を理解する。
例えば、生成AIに「売上を上げるにはどうすればいいか」と聞くと、過去のデータから「広告を増やす」「価格を下げる」といった一般的な答えを返す。しかし、それらの施策が本当に売上という「結果」につながるのか、どの程度の効果があるのかは示せない。あくまで「よくある答え」を確率的に出力しているだけだ。
一方、「コーザルAIアシスタント」は「広告費を10%増やせば売上が3%上がる」「ただし気温が25度以上の日は効果が半減する」といった、具体的な因果関係と定量的な予測を提示できる。つまり、専門家が頭の中で行っている「この条件なら、この施策を取れば、こうなる」という思考プロセスそのものをモデル化しているのだ。
野々上CEOは、この因果関係による意思決定こそが、真の専門家の特徴だと考えている。



専門家が行う「因果関係」での意思決定をAIで実践
野々上CEOは、高級シャンパン「ドンペリニヨン」の最高醸造責任者であるリシャール・ジョフロワ氏(当時)から聞いたエピソードを紹介した。
2003年は気象条件が極めて悪い年だったが、ブレンド比率の変更や収穫時期を1ヶ月前倒しするなど、様々な工夫で素晴らしいシャンパンを生み出した。一方、2004年は平穏な年で「何もしないことが努力だった」という。
この意思決定プロセスは因果関係のモデルとして表現できる。気象条件などの「交絡因子」、収穫時期やブレンドなどの「処置」、そして最終的な「品質」。専門家の頭の中では、こうした因果モデルが動いているのだ。
会場では、仮想ワイナリーでの実演が行われた。テーマは「若者向けに、酸味とキレがある爽やかで低アルコールのワイン」を造ること。
気象条件やブドウの樹齢、品種などの因果関係モデルが表示される。糖度を18に設定すると「クールでタイトなスタイル」になり、アルコール度数は一般的な12%に対して10%という低アルコールワインになることが判明。最適な収穫日は「8月10日」と算出された。
最後に生成AIでワインの特徴を表現させると、「重さの時代における軽さの知性」「低アルコール志向の新しいワイン消費者層にフィット」といった魅力的なコピーが生成された。
専門家が語る企業導入への期待
パネルディスカッションでは、「AIエージェント革命」の著者として知られる株式会社シグマクシス・ホールディングスの坂間毅氏と、株式会社インテージの飯野 洋志氏が登壇した。
企業の生成AI導入における課題として、データ整備やユースケースの絞り込み、結果の提示方法の3点を指摘した上で、「コーザルAIアシスタント」の価値を語る。
「因果的な説明は人間にわかりやすく、解釈性が上がる。さらに定量的な情報が出せる点が大きい。『1度温度が変わったら何が起こる?』という質問にChatGPTは答えられませんが、コーザルAIアシスタントなら定量的にサポートできる。企業の施策に直結します」
坂間氏は実際の導入事例も紹介した。食料生産の分析では、前期が「サイズ」、中期が「品質」、後期が「バランス」に影響するという現場の「知」が再現されただけでなく、今まで気づかなかった新しい発見もあったという。
飯野氏は、国内最大規模のマーケティングリサーチ会社の立場から、「人によってデータサイエンティストのノウハウに差がある。高度人材の知識を引き継げていない。暗黙知を形式知にして蓄積していくことが課題です」と話した。
課題先進国・日本からの挑戦
質疑応答では、「なぜこの領域に他社が参入していないのか」と問われた野々上CEOは率直に答えた。
「大学で因果推論が学ばれていないんです。人口が非常に少ない。因果推論の第一人者ジュディア・パール先生も、人口が少なすぎるとおっしゃっていました。皆さん相関はわかるが、因果関係は難しいからわからないままデータサイエンティストになっている」
野々上氏は以前、日本オラクル株式会社でバイスプレジデントを務めていた。データベースで一方向のクエリは高速だが逆方向は遅い。この問題を改善するには「原因」を知る必要があると気づいたのが2018年頃。当初はデータベースの問題だと考えたが、実は「学問の問題」だと理解し、研究開発に取り組んできた。
さらに、野々上CEOは、ヴェルトのミッションをこう語る。
「技術革新そのものは素晴らしいが、これからの時代は技術をどう使うか、どう付き合っていくかを革新することのほうがはるかに重要です。特にAIは使い方を間違えると危うい方向にも行く。基本的にブラックボックスのAIに対し、因果関係をベースにしたホワイトボックスの領域を作ることで信頼できるAIを開発する。それがヴェルトの使命だ。
日本は課題先進国であるがゆえに、先に経験していく課題がある。そこに対して先にソリューションを開発し、世界に先駆けて展開していきたい。コーザルAIアシスタントをしっかりリリースし、日本の国力アップのために貢献していきます」
高度人材の知識をデジタル資産として継承し、組織全体で活用する。生成AIと因果AIの長所を融合させた新しいアプローチは、人口減少時代の日本企業に新たな可能性を示している。2026年1月のサービス開始が注目される。
