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アートが経営を変える―京都で示された「アート思考」の最前線

ビジネスモデルや商品のサイクルが高速化し、過去の成功法則が成り立たなくなる時代。企業が次の成長を実現するための鍵として、「アート思考」が急速に注目を集めている。

2025年11月に、一般社団法人日本能率協会(JMA)が京都・ホテルグランヴィア京都で、シンポジウム「アートが切り拓く経営の未来」を開催した。前回の東京開催を超える115名以上の経営層が参加し、行政・芸術大学・企業が一堂に会し、アートと経営の融合について熱い議論が展開された。

■ 京都府知事・市長「京都でアートと経営を語る必然性」

冒頭では、西脇隆俊京都府知事と松井孝治京都市長が挨拶を行った。「京都では 10〜11 月にかけて 86 を超えるアートイベントが集中開催され、世界のギャラリーも集うなど、国内有数のアート発信地となっており、アートと経営の融合を議論するにふさわしい舞台である」と話した。行政自ら「京都=アート創発の都市」であることを宣言し、ここでアートの経済的価値を議論する意義を強調した。

■ プロフェッショナルが話す「アート思考=イノベーションの起点」

パネルディスカッションには、京都市立芸術大学・愛知県立芸術大学・金沢美術工芸大学の学長、武蔵野美術大学 理事長、堀場製作所会長、観光企画設計社代表が登壇した。

【アートが生む「問い」と「余白」がイノベーションの原点】(小山田徹・京都市立芸術大学 学長)

「芸術は“未来の当たり前”を提示する営みであり、分からなさや違和感の中にこそ創造の種がある」と述べ、アートが社会に新しい視点を投げかける力を強調した。

【リーダーが感性を磨く“アート思考”の重要性】(白河宗利・愛知県立芸術大学 学長)

データ分析(サイエンス)や職人的技(クラフト)だけに頼るのではなく、直感を磨くことで組織の創造力が高まり、イノベーションが生まれる。

【アートは“場の呼吸を整えるインフラ”】(山村慎哉・金沢美術工芸大学 学長)

企業空間・都市空間にアートを取り入れることで、人の動きや関係性が変わり、組織文化が豊かになる。

【固定化した思考のルールを超える教育】(長澤 忠徳・武蔵野美術大学 理事長)

美大が“造形言語”を唯一教える場であり、右脳的感性の育成が未来のリーダーに不可欠である。

【経営そのものもアートである】(堀場 厚・株式会社堀場製作所 代表取締役会長兼グループ CEO)

社是でもある「仕事は“おもしろおかしく”やらなければ創造性は生まれない」と語り、経営の中にアート的視点を取り入れる必要性を示し、企業文化を育むための活動を紹介。業務改善には「遊び心が必要」と語った。

【都市が持つ文化価値とアートの共鳴】(鈴木 裕・株式会社観光企画設計社 代表取締役社長)

設計を手がけたホテルの実例から、地域の物語性を生かした空間デザインが、人の体験価値を高め「ウェルビーイング」の効果などを紹介した。

■ 事例が示す“アートの実用性”―体験価値と集中力の向上

シンポジウムでは、アート導入の実証事例も紹介された。

  • 東急ステイ日本橋:地域の物語性や素材生かしたアートが、国内外の宿泊者の体験価値を向上

  • 日本能率協会(JMA)研修室:アート導入後、来訪者の集中度・滞在満足度が向上

アートが“情緒的価値”を生むだけでなく、顧客体験・学習効率・働く環境の改善という経営指標に直結する例が増えている。

■ 特別講演:朝山絵美氏が語る「直感のアップデート」

特別講演では、朝山絵美氏(Ph.D. of Creative Thinking for Social Innovation)が、「アートで経営を変えるー感性と戦略をつなぐ挑戦」をテーマにアートが経営者の直感をアップデートする仕組みを解説。

変化の激しい時代においては過去の経験に基づく“従来型の直感”ではなく、五感で観察し、身体性を伴って世界を捉え直すことで直感をアップデートする必要性を説きました。アート鑑賞における視点の違いや、身体を使ったプロトタイピングが新たな発想につながる具体例が紹介され、参加者からも大きな関心が寄せられた。

さらに、JMAと共同で開発の 「アートによる創造的リーダーシッププログラム」(2026年夏開講予定)が発表された。

■日本能率協会(JMA)・富浦渉 本部長のコメント

「我々が今回のシンポジウム『アートが切り拓く経営の未来』を企画した背景には、急速に変化するビジネス環境と、その中での企業経営の在り方にあります。
 『アートが切り拓く経営の未来』とは、一人ひとりが持つ独自の視点や創造力を最大限に活用し、多様性とイノベーションが調和する未来です。
 アート思考を取り入れることで、企業の経営者や社員が既成概念に捉われず、自分自身の感覚や美意識に基づいて新しい価値を創造できるようになります。
 このような未来では、ビジネス環境の変化に柔軟に対応し、持続的に成長する企業文化が根付いていくはずです。
 アートの力を通じて、人間的な感情や感性を大切にする企業風土が醸成され、働く人々がより豊かで意義あるキャリアを築くことができると信じています。」

今回のシンポジウムが示したのは、アートがもはや“教養”や“装飾”ではなく、経営のイノベーションを生む実践的リソースとなっているという事実だ。アートにより経営はアップデートされ、事業の付加価値も向上する。

京都での議論は、アート思考が日本企業の競争力を再構築する鍵であることを強く印象づけた。