AIの進化によってシステムの複雑性が加速度的に増す今、「それが正しく動いているか」をリアルタイムで把握する能力が企業の競争力に直結するようになっている。その需要の受け皿となっているのが、オブザーバビリティ(可観測性)と呼ばれる領域だ。
グローバルで1,800名、ARR4億ドル超。この分野でオープンソースのナンバーワンを走るGrafana Labs(グラファナラボ)のグローバル営業トップConor Molloy氏(以下 コナー氏)が来日した。同社の急成長の秘訣、日本市場の現状、そしてAI時代の戦略を聞いた。

【オブザーバビリティとは】
オブザーバビリティ(Observability/可観測性)とは、システムやアプリケーションの内部状態を、外部から出力されるテレメトリーデータを通じてリアルタイムに把握・分析する能力のこと。単なる「監視(モニタリング)」が既知の異常を検知するのに対し、オブザーバビリティは未知の問題の原因を診断・特定できる点が本質的な違いだ。クラウドネイティブ化やマイクロサービス化が進むほど、システムの複雑性は増し、この能力の重要性は高まる。
【市場規模】
グローバルのオブザーバビリティ市場は、2024年時点で1.4兆円、2028年には2.1兆円に成長すると予測(Gartner調査。)日本のオブザーバビリティ市場は、2024年時点で946億円、2028年には1138億円に成長するとしている(富士キメラ総研)。
【Grafana Labs とは】
2014年設立(米国)。システム・アプリケーション・インフラの状態をリアルタイムで可視化・監視するオブザーバビリティプラットフォームを提供。オープンソース「Grafana」を軸に商業展開し、グローバルで1,800名超の従業員を擁する。ARRは4億ドル超、企業評価額は60億ドル規模。2025年11月、日本法人を設立。

■ 日本法人設立から4ヶ月、手応えは
── 昨年11月に日本法人を設立されました。約4ヶ月が経った今、率直な手応えは?
非常に順調です。新しいマーケットで何かを構築する上では当然時間がかかりますし、市場ごとに成長の進め方も異なります。日本でも勢いをつけるには一定の時間が必要だと理解した上で進めています。ただ、現時点で見えているトラクション(成長の手応え)はすごくポジティブです。お客様やパートナー、業界関係者との対話を重ね、日本でのプレゼンスを着実に広げています。
── 海外と比較して、日本のオブザーバビリティ市場にはどのような特徴がありますか?
非常に洗練された、深いマーケットだと思っています。一方で、他の市場と比べてリスクに対して保守的な傾向があります。大きなリスクを一気に取るよりも、慎重に意思決定されるカルチャーです。 ただ、Grafana Labsのテクノロジーはまさにそこにフィットします。安定性・信頼性・透明性、そして将来的な見通し。こうした要素をテクノロジーの面から提供できるので、大きな技術的な意思決定を下しやすい。慎重なマーケットだからこそ、私たちのアプローチが価値を持つと考えています。
■ AIが加速させる複雑性——オブザーバビリティの「今」
AIの活用が広がるほど、企業のシステムはより複雑になる。AIが新たなアプリやサービスの開発を加速させる一方で、「それが本当に正しく動いているか」を確認する仕組みの整備は後手に回りやすい。システムの複雑性の増大は、オブザーバビリティ市場の最大の追い風だ。
── AIの台頭によって、オブザーバビリティ市場はどう変わりますか?
AIはオブザーバビリティを『後押し』する存在だと思います。ただし、人間の代わりになるとは考えていません。 AIの最大の強みは、問題を検知する能力を拡張してくれることです。エンジニアには食事の時間も、家族との時間も必要です。でもAIは常にオンの状態でトラブルを監視し続けられる。エンジニアのアシスタントとして24時間動き続け、意思決定の材料を提供してくれる。最終的な判断は人間が行いますが、AIの存在によって効率性は格段に高まります。 また、AIによってテクノロジーの実装や活用がより容易になります。プログラミングを知らなくても、日本語でプロンプトを入力するだけで構築できる時代になっています。これによりオブザーバビリティを活用できるユーザーの裾野が大きく広がると見ています。
── 3〜5年後の市場はどう変わると予測されますか?
正直に言えば、テクノロジーの動きが速すぎて正確な予測は難しい。もしそれができたら大金持ちになれます(笑)。 ただ確実に言えることは、『変化は起きる』ということです。イノベーションのペースは加速する一方で、その複雑性の増大に対応するためにもオブザーバビリティの価値はより重要になっていきます。AIへの依存度が高まるほど、システムの安定性や可視性を確保するニーズも高まる。方向性は予測できませんが、変わり続けることは間違いありません。
■ オープンソースから60億ドルへ——Grafana Labsの成長
Grafana Labsの成長モデルには、他のエンタープライズSaaSとは一線を画す哲学がある。多くの競合がデータの囲い込みで顧客を縛る中、Grafanaは「いつでも離れられる」オープンな設計を貫く。それでも顧客が離れないのは、プロダクトの質への自信の表れだ。
── 設立から約12年を経て大きく成長してきましたが、特にこの約6年の商業化フェーズを通じて、企業価値を大きく高めてきた要因を、営業トップの視点から教えてください。
大きく3つあります。 1つ目はオープンソースコミュニティです。私たちが構築したOSSコミュニティが、そのままエンタープライズのお客様になってくださいました。
2つ目は、商業化のシンプルさです。クラウド商品をオンラインでクレジットカード一枚で契約できる設計にしたことで、参入障壁を極限まで低くしました。
3つ目が、エンタープライズセールスの拡大です。営業チームが急速に大きくなったことで、大型案件も着実に獲得できるようになりました。
── 競合が多い中でGrafana Labsが選ばれてきた理由は何でしょうか?
最大の差別化は『ロックインがない』ことです。競合他社はお客様のデータを囲い込むため、他サービスへの移行が困難になります。一方でGrafanaはオープンスタンダードを軸にしており、OpenTelemetryに代表されるような標準規格を重視しているため、お客様はいつでも離れる選択肢を持っています。それでも選び続けていただけているのは、質の高いプロダクトを届け続けているからです。ロックインしないからこそ、信頼性が高まる——これが私たちのフィロソフィーです。
■ グローバル450名を束ねる手腕
── 450名の営業組織をマネジメントする上で、最も重視されていることは何ですか?
『調和(ハーモニー)』です。50:50のバランスではなく、調和です。 グローバル展開をしているため、あらゆるタイムゾーンに社員がいます。日本の朝はヨーロッパの夜であり、ヨーロッパの朝は日本の夕方です。さらにその先にはアメリカの時間帯も続くため、ずっとオンの状態になりかねない。 先日イギリスでリーダー職を集めた研修を行いましたが、そこで強調したのが『健康と家族との時間を最優先にした上で仕事に取り組もう』ということです。仕事に多くの時間を使いながらも、家族との時間が犠牲になっていけない。そうした感覚を大切にしてほしいと伝えています。
── 最後に、IT営業を目指す若いビジネスパーソンへのアドバイスをいただけますか?
優れた営業人材に必要なのは、3つのインテリジェンスだと思っています。
1つ目がIQ。問題解決能力であり、複雑な事象をシンプルに整理してソリューションを見出す力です。
2つ目がEQ(エモーショナルクオーシェント)。相手が何を考えているかを察する力、共感する力です。
3つ目がAQ(アドバーシティクオーシェント)。逆境への対応力です。失敗から学べるか、そこから立ち直れるか。営業という仕事は断られることの連続でもあります。この3つをバランスよく持ち合わせた人材が、長く活躍できると思っています。
AIが作るシステムをAIが監視し、誰でもアプリを作れる時代に品質を担保する——。オブザーバビリティという言葉はまだ一般には馴染みが薄いが、その必要性はインフラと同じくらい普遍的になりつつある。
「ロックインしない」という哲学を掲げながら、コミュニティの信頼を商業的な成長に転換し続けてきたGrafana Labs。「いつでも離れられる」という設計は、一見するとビジネスリスクに見える。しかし逆説的に、これが信頼を生み、解約率を下げる。Grafanaの「開放性」は差別化の核心だ。
日本法人設立から日が浅い今、同社が日本市場に「見える化」を根付かせられるか。コナー氏の来日は、その問いの始まりに過ぎない。
