仲間を守る経営から、“街”をつくる企業へ──ヴァンパイア株式会社の成長戦略
仲間を守るという想いを原点に、人材の価値観や働き方の多様性を尊重しながら、挑戦の文化を根付かせてきたヴァンパイア株式会社はいま、“街をつくる企業”という次なるフェーズを見据えている。
代表取締役・加藤洋平氏は、前職のMBOを経て仲間と共に独立。事業成長と文化形成を同時に進める中で、「ヴァンパイア」という唯一無二のブランドを武器に、業種を横断した価値発信を続けてきた。
彼がなぜ“会社をつくる”ことにこれほどまでの情熱を注ぐのか。そして、なぜいま「街をつくる」という構想に挑もうとしているのか。組織のあり方を見直す経営者にとって、多くの示唆が詰まったストーリーがここにある。

【プロフィール】
加藤 洋平氏 (かとう・ようへい)
ヴァンパイア株式会社 代表取締役
大学在学中に、IT企業でWeb制作、デザイン、マーケティングを経験。2011年にジョイントメディア入社。翌年、社内でデジタルコンテンツ制作部を立ち上げ、ゲーム業界向けのイラスト制作事業を展開。事業部の解散を受け、チームを守るために独立を決意。2019年にMBOでヴァンパイア株式会社を設立。
現在はイラスト制作・オリジナルコンテンツ開発・ゲーム開発・オフライン事業の4つの事業を展開している。
ヴァンパイア株式会社の創業は、組織論でも経営戦略でも説明しきれない、極めて個人的で情熱的な動機から始まったようだ。
加藤氏は、前職の事業部解体をきっかけに、仲間たちと共にMBOという手法で独立を果たした。営業への異動か退職かという選択肢を迫られた部下たちに対し、「彼らはただの部下ではなく、自分の人生そのもの」と語る加藤氏は、“仲間を守る”という覚悟を持って会社を立ち上げたという。
「創業前、こっそり集まったメンバーに“変な言い方だけど、僕と結婚してくれないか”と伝えました」と加藤氏は振り返る。MBOという決断は、結果としてとんでもなく高額な“結婚式”になったが、「僕にとって価値のある選択でした」と語っている。
創業後のヴァンパイア社は、クリエイターやスタッフが安心して挑戦できる環境づくりを徹底してきた。副業を含めた柔軟な働き方を認め、挑戦を「強制しない文化」を社内に根づかせている。その背景には、加藤氏自身がかつて”挑戦すること”を押しつけられたり、周囲との温度差に苦しんだ経験があるという。「自分のタイミングで、自分らしい形で挑戦できる環境こそが力を発揮できる土台になる」と考えるようになったという。この原体験が、同社の文化形成に深く関わっているようだ。
一方、資金調達においては100%デッドファイナンスにこだわってきた。他者の意向に左右されることなく、純粋な意思決定を貫くための構造的な独立性を確保する。その選択は、社員の挑戦と人生を“外野”から守るためでもあるようだ。
“アンデッド”のように這い上がった創業期
創業間もない時期、同社を襲ったのがコロナ禍による資金ショートだった。MBOを完了した矢先に起きたパンデミックにより、資金繰りが一気に悪化。加藤氏は、初めて会社を休み1日中泣いたという。しかし、翌日にはスタッフから事業相談を受けたり、指示を出しているうちに不思議と活力が戻り、「彼ら彼女らがいる限り、自分は戦えると確信しました」と語る。
その後は、コロナ型融資の活用や膨大な借入を通じて会社を存続に導いた。あの時期を「アンデッドのような状態だった」と表現し、あのときの体験が「会社を次のステージに押し上げた」と加藤氏は振り返る。困難を通じて経営者としてのタフネスを培ったようだ。
違いを許容する組織文化と“ヴァンパイア”の存在感
ヴァンパイア社の組織文化において特徴的なのは、「価値観の一致を求めない」という姿勢である。「共感よりも共存」を掲げる同社では、スローガン「#遊んでたら褒められた」に対する受け取り方もメンバーそれぞれで異なるという。重要なのは、多様な捉え方を許容しながらも、互いを尊重して歩む姿勢だ。
加藤氏は「同じ価値観を持つことよりも、違う捉え方をしていても共に働けることの方が組織の強さだと考えています」と語る。たとえばスローガンに対しても、全員が同じように共感している必要はなく、それぞれの価値観や距離感を把握しながら共に歩むことが重要だとする。その結果、思いもよらない企画や価値が生まれる土壌が生まれ、これがヴァンパイア社の多様性の土台になっているという。
ただし、会社として一線は引かれている──「仲間を攻撃すること」だけは絶対に許されないと強く語った。
こうした文化を象徴するのが、社名にもなっている「ヴァンパイア」という言葉である。一度聞いたら忘れないインパクトのある名称は、社内外の関係者にも強い印象を与えており、「社名そのものがブランド」になっているという。
「“ヴァンパイアを名乗りたい”という問い合わせも増えてきました」と加藤氏は語る。
同社の多角的な事業展開──イラスト制作、ゲーム開発、飲食事業など──においても、この価値観と世界観が軸として機能しており、各領域の判断基準や方向性に一貫性を持たせているようだ。
目指すは“ヴァンパイアの街”
今後の目標について加藤氏は、「“ヴァンパイア”といえばあの会社だよね」と誰もが想起する存在になることを掲げている。数値的には“100万人に知られている企業”を目指すが、それは売上や拡大を意味するものではないという。
事業そのものは、あくまで“ヴァンパイア”という価値観や空気感を社会に届ける手段にすぎない。最終的には、言葉や世界観が浸透し自然と人と事業が集まってくる「ヴァンパイアの街」を創造したいという。
「そのときも、僕たち自身が“今と変わらず楽しい毎日”を送れていることが一番大事なんです」と加藤氏は語った。
仲間を守ることから始まった経営は、いまやひとつの文化や世界観として広がりを見せている。ヴァンパイア株式会社は、“街”のように人が集う、新しい企業のかたちを提示しつつあるようだ。